インド布の歴史 プロローグ

新年あけましておめでとうございます。

 

今日は奈良で、来週の神戸大学でのセミナー「インドの布の世界」に備えて準備をしています。今回、インドの布の歴史を改めて整理してみました。実に実にパワフルです。日本とのつながりも断片的に分かっていたことがいろいろ繋がってきました。

 

インドに布(キャリコ)がなかったら、イギリスも日本も産業が発展していなかったかもしれない

 

インドのようなキャリコを作れるようになることが産業革命の動機になったのです。

 

インドに布(キャリコ)がなかったら、インドは侵略や搾取に苦しまなかったかもしれない

 

17-18cのヨーロッパや日本で人気を博したのは、絹ではなくそれよりも高価な花文様や縞模様のインド綿でした。各国の東インド会社はインドを布の供給地・消費地とし、ヨーロッパの帝国がインドの植民地支配をするきっかけを与えました。

 

では、今、インドに布(キャリコ)があったとして、それはこれからインドやセカイ、ニホンにどんな影響を与えるか。

 

今回、日本に帰ってきて、手紡ぎ・手織りの布をグルグル巻いてくれたひとびとの楽しい表情を思い出すと、何かいい兆しを感じます。そして、機織りの音が幾代にも亘って侵略や搾取に遭い続けたインド人の精神を安定させてきたように、それを使う人の気持ちをも和らげ、美しい調和のとれた生活に欠くべかざるものになっていくような気がしています。これから、ブログでもインドの布の歴史を少しずつ紹介していきます。

 

更紗 17世紀 Victoria & Albert Museum 所蔵

 

F

カディーへのおもい


乾期に入った北インドに位置するデリーは朝晩ぐっと冷え込む季節になってきました。インドではこの時期はお祭りや結婚シーズンにあたります。

 

冠婚葬祭は奮発して着飾る習慣が根強く残っているインドでは、サリーを含め豪華な装飾を施し洋装にアレンジした現代版民族調ドレスなどで彩られています。一方で大量生産の洋服も増えて、温もりのある伝統的な装いは廃れつつあります。そんなインドの装いの歴史において無視できないのが、カディーといわれる手紬・手織りの布です。


私を含めカディーに魅せられる人は多いです。かのインド建国の父と呼ばれたマハトマ・ガンディーが当時インドを植民地支配していた英国製の機械織りに対抗し、自分たちでも布を織れるようにと普及に努めた布カディー(Kadhi)は今でもインドの人々に愛され続けています。

 

 

ガンディーが晩年に腰に巻いていた白い布もカディーでした。

 

インドには他の多くの国が失ってしまった古来の文化に根付いた素晴らしい手仕事の技術を持った職人さんがたくさんいらっしゃいます。気の遠くなるような手間ひまをかけて仕上げたものは本当に素晴らしく、芸術品に相当するものも少なくありません。しかし時代の波に押され、短期間で効率的に大量生産ができない上に均一に品質が保てないという理由で敬遠されているのも事実です。

 

こちらに住んで実際にコットン栽培の農家を訪れ畑に綿花の実がなり収穫される様子を見ていると、それらが糸になり生地になり‘洋服’というかたちになって日本のみなさんの手元に届くまでに実に本当に多くの人が関わっていることがわかります。

 

私にできることはインドでカタチにすることとインドと日本の皆さんをつなげるきっかけを作ること。CALICOではモノづくりを通してそれらのプロセスをもっと多くの方々に知ってもらえたらと思っています。

 

 

Y

カンタ刺繍の村 Muslim Shekh家

ベンガル4日目。2軒目の訪問となるのが、豊かな田園の中にあるMuslim Shekh家。

 

こちらはよく喋る肝っ玉お母さんがすべてを取り仕切っている様子。NGOのアショクさん、買い取り交渉で詰められているようです。笑(アショクさんはバイヤーです)ただただ見守るお父さん。

 

カンタの腕前もピカイチです!

 

地元大学に通うかなこさんにお母さんの作品をきてもらいました。

まさにベンガルの姫。

 

 

お母さんにそっくりな娘さん。

 

なんて・・・女系家族的記念撮影!

 

「ベンガルは関西ぽい」と常々思っているのですが、お母さんには大阪あたりで以前あったことがある気がしてなりません。とってもベンガルらしい、明るいご家庭でした。通常村ではこちらから質問することが多いのですが、ここではお母さんと娘さんが、わたしたちが分かろうと分かるまいと気にもせず、ニコニコ笑いながらベンガル語でたくさん話しかけてくれました。インドにきて灼けて大分黒くなっているのですが、お母さんと娘さんに「白い」「白い」と随分いわれました。

 

F

カンタ刺繍の村 Ismile Shekh家

ベンガルツアー4日目。私たちのパートナーである現地NGOのアショクさんと共に、カンタ刺繍をつくってくれるパートナーが住むいくつかの村を訪ねました。

 

まず訪問したのはShekhさん一家。長男、次男、三男と彼らのお母さんと奥さん、子供達、合わせて15人の大所帯でした。それぞれの奥さん、4人がカンタ刺繍をつくっていました。(数が合わないのは長男に2人奥さんがいるからでした。ムスリムの家ではよくある話です。)

 

写真左から次男の奥さん、Sarina Bibiさんと、三男の奥さん、Mariam Bibiさん。

 

Sarina Bibiさんはベンガル語でグリラムといわれるランニングスティッチ(ノクシカンタの場合空白部分に縫われているやつです)、Mariam Bibiさんはチェリ(楔模様の刺繍)やティップ(丸刺繍)などのやや複雑なスティッチが好きだそう。

 

下の写真は、長男の第1婦人 Sahajatikathuさん。州から表彰されたカンタ刺繍暦25年のベテラン。写真は模様の下絵をトレースしている様子。

 

Ariabecomさん。長男の第2婦人。彼女もグリラムがすきだそう。

 

どのカンタ刺繍を選ぶか交渉中の長男IsmileさんとNGOのアショクさん。こちらの家ではカンタ刺繍を商うのは男性の仕事となっています。

 

15人家族を温かく見守るRokiya Bibiおばあちゃんです。

 

女性の部屋にはステキにカゴが飾られていました。用の美。

 

皆で記念撮影。一家の長らしく真ん中に座っているIsmileさん。でも、一番テレていたような。。w

 

最初は緊張していた家族もやがて打ち解けて。談笑する日印女子たち。ユキさんの隣は、今回同行してくれた地元大学で染色を学ぶかなこさん。

 

最後は名残り惜しく。

 

F

ノクシカンタ

カンタ刺繍のデザインは奥が深く、ベンガルに行く度に新しいデザインの発見があります。

 

元々はシンプルにチクチク縫られた、日本の刺し子のような素朴な布が好みだったのですが、最近はインドの風土の影響か、大きな花柄や鳥の文様が縫い込まれたデザインの美しいものも気になって仕方がありません。中でもデザインの空白部分にラインスティッチ(ベンガル語でグリラン)を施してあるものをノクシカンタ(ノクシはベンガル語でデザインの意味)といいます。

 

ノクシが入っていると調和と華やかさが増します。

 

白もステキです。

 

鳥の文様です。

 

以上はすべて、New DelhiのブティックホテルTHE ROSEにて今月29日まで展示販売中です。

 

F

カンタの定番 ラリーキルト

日本人には馴染み深い刺し子の刺繍。インドにも様々な種類の刺し子の刺繍が存在し、それらはカンタ(Kantha)と呼ばれています。これから様々なカンタを少しずつご紹介させていただきます。

 

写真はコットンのスティッチカンタ(Stitch Kantha)、あるいはラリーキルト(Rally Quilt)とも呼ばれます。バングラデシュ、西ベンガルなどベンガル地方を中心に、幅広い地域でつくられています。

 

カンタは元々は着終わった古いサリーを合わせて、再利用する目的で各家庭でつくられているものです。カンタにすることで丈夫になり、赤ちゃんのおくるみやラグ、ベッドカバーなど、様々な用途で使われます。写真は、ベンガルの農村の軒先にかかっていたジャムダニ織サリーのカンタ。

 

家々の記憶をもった布たちを合わせたカンタは味わい深く、いろんな想像をかきたてられます。写真は、コルカタのカリー寺院のプールにかかっていたカンタ。

 

 

最近は最初から売る目的でつくられているカンタも多いですが、こういうカンタこそ生活にとけ込んだカンタの中のカンタともいえます。

 

F