チェンナイ・サントメの旅

11月の後半は、今週天皇皇后両陛下もおいでになる、タミルナドゥ州チェンナイに。

 

私たちの住むデリーとも、布を織っているベンガルとも違う、丸っこい顔つきの柔和な人が多い町です。その中心部から車で15分ほどいったところに、サントメといわれる町があります。そこは、キリストの十二使徒の一人、Saint Thomas(聖トーマス)が、絶命した場所といわれています。(ケララに上陸して、東方に向かって布教の旅を続け、その地でカーリーへの崇拝を拒んだことで殺害されたと伝えられています。)その後、その地にサントメ教会が建立され、その町はサントメと呼ばれるようになったそうです。

 

道路の標識にあるサントメ教会。人と同じに現地語も柔和な雰囲気でかわいいです。

 

サントメ教会の様子。結婚式の最中でした。


鎖国中の江戸時代には、オランダの東インド会社を通じて、このチェンナイの外れのサントメといわれる港町より、インドのキヤリコが日本にもたらされました。

 

日本では、縞模様のキヤリコは江戸の粋人のステータスのように扱われ、それらは出港地に因んで、桟留(サントメ)、唐桟縞、唐桟と呼ばれていました。その粋な模様だけでなく、日本や他の地域にはない、きわめて細い綿糸(80〜120番手)で、密度の濃い独特な綿布が特長でした。また、その流行は日本全国に伝播し、各地でのイミテーション生産、大衆的な桟留生産、綿花栽培を後押ししたといわれます。

 

町に、往時の面影を残すものは殆どみつけられませんでしたが、ベンガル湾を目の前にして、ここから広がっていた日本との繋がりに思いを馳せるのはとても面白いものでした。

 


タミルナドゥをはじめとする南インドは、私たちが今生地を生産している西ベンガル同様、素朴ながらも、歴史と実績のある、しっかりとした生地生産の背景がまだまだ残っている気がします。今度またゆっくり産地をまわってみたいと思います。


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