シルクロードの果て

新年あけましておめでとうございます。


地元の奈良で新年を迎えました。さて、今回は、その奈良とも関係のあるインド布産業が花開いた紀元後のシルクロードの時代について。


シルクロードは、ユーラシア大陸に現れた4つの帝国―漢、クシャーナ朝インド、ペルシア帝国、ローマ帝国―の繁栄に伴ってできあがった交易のネットワークです。すででオリエント世界でその名を轟かせていたインド布ですが、中でもモスリン(薄い上質な綿織物)は「織られた風」と呼ばれ、とりわけ当時のローマ社会で人気を博します。

 

ではシルクロードの中心的な交易品であるはずのシルクはどうでしょうか。

 

実は、シルクは今やインドを代表する布ですが、インド原産ではないのです。当時のインドは中国から原材料である繭を輸入し、絹糸や絹織物をインドで生産し、ローマやペルシア世界に輸出していたといわれています。おそらく、モスリンの生産・流通基盤をうまく活かした新たな物産品として、中国の主要な産物であるシルクを取り込んだのでしょう。

 

もちろん、今ではタッサーやエリに代表されるように、インド国内で生産されている繭も多いのですが、手織物の村はどこも国内外のそれぞれの産地からネットワークを使って繭や絹糸を取り寄せてきていたのです。どの村も、一見取り残されたような素朴な村に見えるのに、意外にも、昔からさまざまな人や物産と、それに伴うデザインや技術が往来し合っていたのでした。

 

そして、そんなネットワークの果ての果てに奈良があったと考えられます。「シルクロードの終着駅」といわれた奈良・正倉院に収蔵されている裂の多くは、今日の中国大陸や韓国半島で織られたものといわれていますが、インドのアジャンタ石窟寺院でもみられるような絣織やペルシア・インドで広範に用いられていた樹下動物モチーフの裂なども残っています。


 

↑インドからみたシルクロード地図には日本はあまりちゃんと書かれていません。子供のころからシルクロードで盛り上がっていた故郷の奈良・・・チョット不憫。


出典:History of Indian Textiles / Calico Museum of Textiles

 

F