LIVING BLUE からの便り

バングラデシュの朋友 living blue Mishaelからの嬉しい便り。 今年、デリーでサンプルを確認しようと送ってもらったら、税関で止められる事態に。 うちからと、あちらからと、何枚のレター、証明書、嘆願書?を書いたことか! 隣のくになのに、この難しさ。 結局税関で没収の憂き目に。 悲しい。 作る手間を考えると、こちらのこんな手間は、知れている。 そんなことで時間もかかったが、無事いろいろなことを乗り越え、1年以上ぶりに共同企画の品々が、続々やってきます! #aglimpse #newtradition #bangladesh #rangpur #bengalquilt #powerofladies #indigodye #livingblue #calicoindiajp #calico @mishaelahmad @calicoindiajp

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バングラデシュ LIVING BLUEと共に

今回は、バングラデシュ北部のラングプール近郊でLIVING BLUEと共にカンタ刺繍をする女性たちのことについてお話します。

 

Jelicaさん(写真中央)は、地区のリーダー・マネージャー的な存在です。


彼女が中心になって新しい縫い子さんの発掘や、スキルに応じた仕事の割り当て、品質管理、技術指導を行っています。彼女の元に現在25人の縫い子さんがいるそうです。必ずしも彼女のお目がねに適うものばかりでなく、品質が満たないものはやり直しさせるそうです。根気のいる作業なだけに、ドロップアウトするひとも多いそう。

 

それでも頑張るのは、作業そのものが気性に合っているか、さもなくば、旦那が逃げた・働かない・女の子を嫁がせる持参金を用意しなきゃいけないなど、切実にお金に困っているか、どちらかだそうです。

 

Hasnaさん(本人は40歳といっていますが、回りの人は25歳だ、いや30歳だ・・と。誰も本当の年齢は判らないそうです。)

 

 

彼女は、まだ最近始めたばかりの見習い過程。ダルマットといわれるガムチャを使った3枚重ねのカンタに取り組んでいます。2人の子供がいて、農作業や家事、子育ての合間を縫って、一日2時間程度縫い進めています。

 

私たちが訪れたときはハダカ電球ひとつの薄暗い室内で縫っていましたが、普段は殆ど屋外で縫い物をするそう。ただ、冬になると埃っぽくなるので、室内ですることも多くなるそうです。ここにもソーラーランタンが必要かもしれません。


Jolinaさん(写真右手前) 40歳前後


夫はダッカでガードマンをしていて、普段は2人の娘と3人で暮らしています。その2人の娘を嫁がせるのに、それぞれに最低20〜30万タカ(日本円で30〜45万円)の持参金が必要とされるため、カンタ刺繍に取り組んでいるそうです。

 

以前もカンタ刺繍をやっていましたが、夫について2年ほどダッカに住んでいたため、3年間縫物を中断。再開したところなので、自ら見習いレベルからやりたいと申し出て、ダルマットカンタに取り組んでいます。Jelicaさんに言わせるとJolinaさんはすでにもうひとつ高いレベルの仕事(=報酬も高い仕事)もとれるのに、自分はまだまだと、謙虚にそれを断ったとのこと・・・。副収入とはいえ、この仕事で彼らはダッカの縫製工場の工賃の倍近い収入が得られます。この仕事によって彼女たちの生活は確実に豊かになっているとのこと。お金だけでなく、お金を家に入れているということで、家庭内でも地位が向上し、DV(家庭内暴力)などからも救われることが多くなったとか。

 

何よりも生まれ育った土地で、家族が離散せずに一緒に暮らしていけることは代えがたいこと。この取り組みは、お金はもちろんのこと、お金に換算できない豊かさを村の暮らしにもたらしています。

 

NGOの活動のことは「バングラデシュ-LIVING BLUEと共に 廚暴颪い討い泙垢里如△修舛蕕發翰くださいね。

http://blog.calicoindia.jp/?page=3&month=201411

 

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バングラデシュ LIVING BLUEと共に

バングラデシュのLIVING BLUEの訪問、続きです。

 

LIVING BLUEの布は、Rangpurの町から外れたのどかな田園地帯でつくられています。生産を陣頭指揮するのは、生産責任者のモニ。柔らかな話口調ですが、彼の元でとても厳しい、一貫した製品づくりが行われています。

 

写真はミシャエルと生産責任者モニ。

 

生産は、〕染粉の生産、▲轡椒蠅僚猗、染め、ぅンタ刺繍という4つの過程で行われます。

 

藍染粉の生産:

収穫したばかりの藍を農民から買って(市場を通じての買い付け)2時間以内に発酵のための槽に入れます。そして約40時間、水のみを加えて竹などでプレスして自然発酵させた後、酸化・乾燥させます。乾燥させた藍は粉末にされます。LIVING BLUEでは、海外や地元の藍染業者・職人にも藍染粉を販売しています。

 


シボリの準備:

(この過程はLIVING BLUEが苦労して確立した技術で、インド・バングラデシュ地域ではすぐに他の会社に真似されてしまうことから、あまり公開したくないといわれています。雰囲気だけご覧ください。)

 

アラシは太パイプに巻いてつくられてます。(日本ではもう殆ど見ることのない技術です。)職人さんが脇目もふらず一心に巻いていく様は見事です。

 


また、マクマとよばれるシボリは、女性たちが染め場のそばでカンタ布が敷かれた床に座り、一枚一枚縫い込んで準備します。それを最終的に締め上げるのは力のある男性の仕事です。


 

 


染め:

染めはインドでは多くの場合男性の仕事ですが、ここでは女性も染めの過程で活躍しています。製品のサイズや素材にもよりますが、ここの藍の場合、1回、大体15−20分浸けるだけで濃い藍色に染まりあがります。これはインドで何度も藍染液に浸けこむ過程をみてきたばかりの私の目にはとても新鮮でした。

 

 

カンタ刺繍:

LIVING BLUEの近隣の5つの村の200人以上の女性が取り組んでいます。それぞれの村に、仕事をディスパッチしたり、技術指導したりするマネージャー的な女性がいます。彼女たちの厳しい品質管理のお蔭で、LIVING BLUEの製品はバラつきが比較的少なく、高度の技術を要する仕事、見習いでもできる仕事に振り分けられ、技術が上がってくるとより高い報酬がもらえる仕事が与えられます。



彼女たちの話はまた次回に詳しくしたいと思います。

(つづく)

 

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バングラデシュ LIVING BLUEと共に

ベンガルツアーの後半。インドの西ベンガル州を後に、お隣のバングラデシュにきています。CALICOのイベントでもお馴染みとなっているLIVING BLUEの生産現場を訪ねるためです。私にとっては2回目、5年ぶりのバングラデシュ訪問です。

 

LIVING BLUEのミシャエルと出会ったのはデリーのとあるイベントで。一面にインディゴ色と美しいカンタ刺繍に埋め尽くされた彼らの表現に圧倒され、日本でもこんなの見たことがないと鳥肌がたったことを覚えています。

 

それから、LIVING BLUEとCALICOのコラボレーションがはじまりました。彼らの製品を日本人に合うサイズにしたり、糸色や素材などのディテールを一緒に考えて変更したり。今年の夏はRongoというブランドで藍の板締めのゆかた布をご紹介しました。(もちろん来年もご紹介予定です。)

 

 

LIVING BLUEは、そもそもインド人のデザイナーさんとRangpurの地元の人たちで藍の栽培を復活させ、藍染を始めたところからはじまりました。

その昔、バングラデシュの藍は、Indigofera Tinctoria “True Bengal”といわれ、濃い色や高い定着率が評判でした。それを固めた藍片は、商品として欧州で取引され、通貨的な価値をもつこともあったそうです。ただ、英国の植民地化以降は搾取の手段として、藍栽培が強いられ、藍産業は戦後急速に衰えたといわれています。

 

写真は藍の種。


しかし、肥沃な土壌に藍栽培は合うようで、近年国際NGOのCAREが地元政府、LIVING BLUEの前身の社会企業と共に、政府の土地の貸出し、藍栽培の奨励政策を打ち出し、地元農民がメインの農業(主に米の二毛作)の他に収入を得る手段として藍栽培をはじめました。年間で約200ドルもの副収入になります。だいたい二毛作のタイミングと被らない4月、5月に種まきをして、6月に収穫するそうです。(他の時期でも収穫できるそうですが、搾取の歴史があるため、あまり無理な栽培の奨励はしていないとのこと。)今では110の周辺の村で栽培をするまでになっています。

 

よく日本人が技術指導したのですか、と聞かれますが、教えてもらうことはあっても、教えることは殆どないのです。彼らがアラシ、マクマと呼ぶ日本の伝統的な染めの技法を、インド人のデザイナーさんが確立し、村の染め職人さんや縫い子さんたちがそれを実現してきたのでした。(但し、そのデザイナーさんは、各出資者や村の人たちと一緒に同じペースで、特に資金的に続けていくことが難しく、とうに退いてしまったそうです。)

 

そこでCAREが中心的な役割を担い、人と資金を拠出して、今日まで発展させてきたのです。今はCAREが過半数を出資するも、徐々に現地にコントロールを移管しつつあります。

 

LIVING BLUEの成功には、CAREが導入した管理システム(納期や品質を徹底的にコントロール)があります。きちんと厳しく評価され、行き当たりばったりではない、取組みが多くのインドの団体と違います!CALICOもパートナーとして、日本での販売の結果や展望について説明責任を負っています。そこにはいい緊張感があり、だからこそいいものが生み出され、継続していくのだと思いました。

 

また、この取り組みによって、都会に仕事を求めていたひとたちが、その在り方を再考するきっかけにもなっているようです。都会に出て、僅かなお給料をもらっても、劣悪な住環境にも関わらず家賃や生活費は高く、家族と離れて暮らすのは不幸だと思う人々にとって、こうした地元や自宅で、都会の倍もの収入を得られる取り組みは希望そのものです。

 

こうした取り組みが拡がるお手伝いを微力ながらCALICOも続けていけたらと思っています。

 

村で刺繍をする女性たちと小林(写真 中央)。後中央は、LIVING BLUE/CAREのミシャエル。右は見学にきたドイツの開発機関のインターン2人。彼らからいろいろバングラデシュのことを学び、とても楽しい旅でした。

 

 

(つづく)

 

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